◇女の人生も意外とやり直せる◇
「大学を卒業した当時は、子育てをしながら働く今の自分を想像もしていませんでした」
こう話す早野恵子さん(仮名)は、「あまり緻密ではなく、詰めが甘いタイプ」と自らを分析する。建築を学んでいた学生時代や社会に出たてのころは「こんな細かい仕事は向いていないかもしれない」と悩んだことも。
卒業後、組織設計事務所に3年勤め、ワーキング・ホリデー制度を使ってカナダで1年間、働きながら見聞を広げた。帰国してからの2年はアトリエ事務所で住宅設計に従事。悩みもがきながら建築設計界に身を置いてきたが、設計の仕事から全く離れた時期が2年ほどある。
使いものにならないとアトリエ事務所をクビに。でも食べていかなくてはいけないので、不動産屋や中華料理店でアルバイトしながら暮らした。自信をなくして悶々(もんもん)とする日々の中、「やっぱり設計をやりたい」との思いが沸々と湧いてきた。
建築設計の仕事は人の環境をつくること。気候や風土など人を取り巻く環境が違えば、心地よい空間や建築も当然変わってくる。地域に根差した建築をつくりたいと、東北を拠点とするアトリエ事務所の門をたたいた。30歳。新たなスタートだった。
この事務所は、まちづくりの視野で建築づくりをするのが持ち味。小さなまちの景観づくりに長年携わっており、古いだけでもなく新しいだけでもない新旧を混在させる。時間の重なりを視覚化しつつ、時間の流れだけが創り出せる自然体がまち全体の雰囲気を生み出す。この仕事にどんどんのめり込んだ。
所長と建築やまちづくりについて話し合う中で、大切なことをたくさん教えてもらっている。日常生活に根差しているからこそ住民主体のまちづくりが活性化し続けていく。それを実践するためにどれほどの努力が行われているかを仕事を通じて学んでいる。
事務所の畑を手入れするのが所長との日課の一つ。季節ごとの野菜の世話を通じて「こういうことをきちんとね」と所長。土に触れ、天気を読み、植物を育てることで、その地域がより深く見えてくる。「地方にはその土地ならではの風土と文化がある。働く場所として東京とは違った楽しみがある」と思う。
気が付くと家庭があり、2人の子持ち。ワークライフバランス(仕事と家庭の調和)を推進する時代の後押しや、所長をはじめ同僚たちの理解もあり、育児と仕事のバランスを取りながら設計の仕事を続けることができている。「女の人生も意外とやり直しが利くんですよ」。
仕事への携わり方や目指す方向性は人それぞれ。あまり早いうちから自分の適性を判断せずに
目の前のことをやり続けることも一つの道だと感じている。「そのうち、やりたいことや本当の適性が分かってきて、それが仕事に結び付いていけば、こんな幸せなことはないでしょう」。
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