2017年10月23日月曜日

【中堅世代】それぞれの建設業・181

何のため、誰のための公共事業なのか…
 ◇人々の思いが事業を動かす◇

 「サインしますよ。あなたの人柄で土地を売る気になった」-。東日本大震災の復興事業に必要な土地の取得交渉で、それまで頑として首を縦に振ろうとしなかった地権者が相好を崩した。国土交通省東北地方整備局の笹川宏幸さん(仮名)は、疲労とプレッシャーから解き放たれたような感覚になった。同時に、いつも頭にある「何のため、誰のための公共事業なのか」という問いへの答えを垣間見た気がした。

 大学卒業後、倒産の心配がないという安定性に引かれ、明確な目的意識も持たないまま国交省の職員になった。だが仕事は思っていたより面白く、大自然を舞台に橋やトンネル、道路などを造り上げていく作業にやりがいを感じた。天候によって現場条件が変わることも、事故を起こしてはならないという緊張感が喚起され、業務のマンネリ化を防いだ。何より、苦労の結晶が構造物として後世に残る喜びは、時にハードな業務をこなす上での大きな原動力になった。

 しかし、入省から十年以上も経過すると、前例を踏襲しながら進められる業務に飽きを感じることが増えた。もっと人の役に立つ面白い仕事がほかにあるのでは-。

 そんなある日、担当していた道路事業が、公共事業評価で費用便益比(B/C)が1・0を下回り、執行を凍結された。何とか事業を再開させようと膨大な説得資料を作成。結果的に車線数と投資額を削る形で継続が決まったが、心にはしこりが残った。需要のない所に無理やり工事を作り出したかのような罪悪感だった。

 惰性と退屈、公共工事の必要性への疑問。そんな感情を、6年前の東日本大震災の津波と原発事故が打ち砕いた。震災発生後、大量のがれきの撤去や復旧・復興事業の準備に追われた。

 津波で破壊された道路や港、住宅をより頑丈で使い勝手の良いものへと再生する作業が東北の広い範囲で行われた。そのために必要となる十分な事業費がすぐに計上され、工事を円滑に進めるための特例措置も矢継ぎ早に講じられた。それらを後押ししたのは、多くの人たちが犠牲者を悼み、復興を応援する思いだ。

 復旧対応に忙殺されながらも、入省当時のような充実感と、公共事業が本来あるべき姿で適切に行われているという安心感を取り戻していた。

 多くの困った人を救う必要が生じた時、必要な予算が確保され、速やかに事業が執行される。事業化の可否は費用対効果などの客観的な基準で判断されるが、血の通った人間が行う作業である以上、多くの人たちの思いがそれらの判断を動かすこともある。

 国難とも言える大災害が、公共事業への信頼と、自分の仕事が確かに人の役に立っているという自負を取り戻すきっかけになった。震災前、職業選択を誤ったのではないかと悩み、別の道を考えたこともあったが、今の仕事から学ぶことは多い。少なくとも被災地が復興を遂げるのを見届けるまでは、日々の仕事に全力を注ぐことにした。

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