◇堂々と「生意気」の精神を持つ◇
私の父親は県の土木職員で、小学生のころから父親が関与していた工事現場によく連れて行かれました。また、父親が退職後に開設した測量事務所で、当時中学生だった私も兄と共に測量作業を手伝わされました。そんな父親の影響もあり自然に土木の道に進んでいました。
大学に入学した昭和49(1974)年ころはオイルショックにより景気が悪化しはじめ、卒業のころには就職氷河期と呼ばれていましたが、縁があって生まれ育った茨城県に本店がある株木建設に入社することができました。同期入社は総勢60人ほどだったでしょうか。静岡県富士宮市などで研修を1カ月ほど受けて、最初に赴任したのが茨城県内のコンクリート構造物の鉄道駅舎建設工事現場でした。
中学生のころから手伝いをしていたので、測量はそこそこできたのですが、現場の仕事は全く分からないことばかり。毎日先輩の後ろに付きながら指示されたことを行い、一人でするように任された作業は世話役や職人さんに叱られながら教えてもらい、徐々に仕事を覚えていったようです。
「仕事は竣工するまで続く、自分の担当が完了しても終わりではない、全てを担当すると思え!」。若いころ先輩に言われた言葉です。これは、与えられた仕事だけをこなすのではなく、自分で全体の仕事を考え、持ち分の仕事を完了させたらさらに次の仕事に着手し、仕事は工事の完成まで続くとの教えでした。若い時から、自ら企画して動くことの大切さを認識できたことは、後々の現場運営に大いに役立ちました。
日本一交通量の多い高速道路に架かる橋を、一晩で撤去する落橋工事に責任者として従事した時のことです。その一晩のために、何カ月も前から準備工事を行い、発注者と当日作業の打ち合わせやシミュレーションを何度も繰り返し、時には激論を交わすこともありました。
工事が無事完了した早朝、一般車がパトカーに先導され通過し、ホッとしている時に発注者の担当の方から「ありがとう」の言葉と同時に握手を求められました。思ってもいなかったことで戸惑いと感動を覚えたことを思い出します。
この現場での私の経験から、建設業に従事する若い人に伝えたいことが二つあります。一つは、「正」という字は、「一度止まる」と書きます。自分で正しいと思っていても、一度止まって周りの意見などを聞いて考え直してから進めばもっと正しくなるはずです。
そして二つ目は、生きた意見を気持ちを込めて言うのが「生意気」であり、自分のことしか考えない意見は「わがまま」となってしまいます。ですから若い人たちには堂々と「生意気」の精神を持った技術者として活躍してほしいと思います。
(そのべ・あきら)1978年日本大学理工学部土木工学科卒、株木建設入社。東京支店土木部長、土木本部土木部長、同副本部長、取締役常務執行役員土木本部長兼東京本店長などを経て、18年4月から現職。茨城県出身、62歳。
入社3年目頃に携わった高速道路工事の現場で (手前が本人) |
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