2023年4月26日水曜日

20XX産業変革の潮流/野村総合研究所/カーボンニュートラルと建設業・5

 ◇コンサルティング事業本部アーバンイノベーションコンサルティング部プリンシパル・溝口卓弥
 カーボンニュートラル(CN)実現に向け、建築・土木分野でさまざまな取り組みが求められる。建築物の木造化もその有効な手段として注目を集めている。本稿では建築物の木造化に関するCNの観点からの意義や木造化の現状、今後の課題について紹介する。
 わが国における建築物の資材としては木材、鉄、コンクリートが主となる。このうち木材は製造・加工時のエネルギー消費が鉄やコンクリートに比べて少なくなり、そのため、木造建築物は鉄や鉄筋コンクリートに比べて製造時の二酸化炭素(CO2)排出量も少なくなる傾向にある。

 □資材製造や施工時のCO2、建物の木造化で排出削減へ□
 建物のCO2排出については、建物の運用時に排出される「オペレーショナルカーボン」が割合として大きい。これまで削減に向けたさまざまな対策が取られてきているが、今後は建物の資材製造や建築時のCO2排出である「エンボディドカーボン」の削減も求められ、木造化はこの実現に資するものである。
 例えば、3階建ての共同住宅を鉄筋コンクリート造から木造(CLT〈直交集成板〉パネル工法)にした場合、エンボディドカーボンを約2割削減できるという報告がある。
 また、木材を建築資材として使うことにより、その木材に含まれる分の炭素が固定されることもメリットだ。建築物が存在する数十年にわたり炭素が貯蔵されることで、その分、大気中のCO2放出を減らすことができる。
 さらに、樹木は育つにつれてCO2の吸収量が減少していくが、利用の適齢期を迎えた樹木を伐採し、植林することで、樹齢の若い木がより効率的にCO2を吸収することが可能。特に日本はCO2吸収量が大きく落ち込んだ、植林後から数十年以上が経過した樹木が多い。老齢の樹木を建築資材として活用し、若い木に置き換えていくことで、森林全体のCO2吸収量を増やすことができる。
 政府も、2010年に施行された「公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律」を、21年には「脱炭素社会の実現に資するための建築物等における木材の利用の促進に関する法律」に改正し、脱炭素の観点からも木材利用を促進していくとしている。

 □非住宅や中高層建築の普及が鍵 サステナビリティ活動、企業の認識広がる□
 わが国では、伝統的に木造の建築物が多く、特に一戸建て住宅は既に約9割が木造だ。そのため、これまで以上の木造化やそれに伴う省CO2効果を期待できる分野は、非住宅の建築物や中高層建築ということになる。従来、これらの分野は法的規制や材としての性能、あるいはコストといった点から木造化が難しかったが、近年では規制の合理化や技術開発による材の性能向上等により、徐々に木造案件(鉄骨や鉄筋コンクリートとのハイブリッド木造含む)も現れつつある。
 例えば東京海上日動の新本店ビル(20階建て)や、丸井グループの渋谷マルイ(9階建て)が木造で建て替えられる予定だ。このような象徴的な案件以外にも、さまざまな用途の中高層建築物の木造化が計画されている。木造建築が元々持つ魅力(木の暖かみのある室内空間、特徴的な外観など)に加えて、木材利用が企業のサステナビリティ活動の一環として認識され始めていることも増加の要因として考えられる。

 □マーケット拡大も課題は山積 コスト高や評価簡素化、投資枠組みなど対応□
 このような背景や状況から、非住宅あるいは中高層の木造建築マーケットは徐々に拡大していくと見られている。しかし課題も存在する。

 〈1〉コストの低減
 3階までの低層建築の場合は鉄骨造や鉄筋コンクリート造よりも木造のほうがコスト的に有利な場合もあるが、中高層建築については耐火性を持たせるといった観点からコストが高くなってしまうことが多い。既存案件の中には、木造化によるブランディング効果等を見込むことでコスト高を許容しているものが多いが、今後の拡大に向けては工法の標準化などによりコスト低減を図ることが求められる。

 〈2〉省CO2効果の評価の簡素化
 前述したように建築物の木造化はCO2排出量の削減につながるが、この削減効果の定量化には一定の手間がかかる。CO2排出量算定に必要な原単位データベース(DB)では木質材料の項目が限られている。記載のある値も平均的な一般値であることから、近年注目を集めているCLTなどの製品区分におけるデータの拡充などが求められる。
 なお、このような状況は木質材料に限らず、建築分野全体での課題とも言え、建築資材の原単位DBの拡充、複合材料やデータひも付けに関する情報整理が必要だ。

 〈3〉ESG(環境・社会・企業統治)投資等における評価の枠組みの検討
 木造建築の持つCNへの寄与の効果を投資につなげる枠組みも求められる。現状では木材利用による省CO2効果や炭素貯蔵効果を各事業者が算出、提示したとしても、それが必ずしも定量的に明確な事業メリットにつながるわけではない。建築事業者などが投資家や金融機関に対して訴求し、投資家などがそれを評価できるような環境が整うことで、より木材利用の機運が高まると考えられる。

 建築物の木造化はCNの観点からこのような効果を持つとともに、国産材利用が進めばわが国の地域経済の振興にもつながる。今後の環境整備の促進により、さらなる木材利用の進展を期待したい。
 (みぞぐち・たくや)都市計画分野、スマートシティ関連の調査、コンサルティングに従事。住宅・不動産分野の政策形成支援、事業戦略策定の一環として建築物への木材利用促進に取り組む。
 次回は5月17日付掲載予定



source https://www.decn.co.jp/?p=152372

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