◇持続可能性を追求 変革に挑戦
貿易や国内物流の基幹インフラとして日本経済を支えている港湾。産業集積による地域経済の発展に加え、近年はクルーズ船観光の玄関口として機能を拡充するなど、地方創生のけん引役も担う。沖合ではカーボンニュートラル(CN)の切り札として国を挙げて推進する洋上風力発電事業も活発化している。新たな市場への期待も高まる中、海洋土木が発展していく道筋をどう描くのか。日刊建設工業新聞の創刊95周年企画インタビューシリーズ・第4回は、日本埋立浚渫協会(埋浚協)の清水琢三会長に今後の展望などを聞いた。
□新たな需要を積極的に取り込む□
--会員企業を取り巻く経営環境はどのように変化してきているのでしょうか。
「公共事業費は1990年代後半から東日本大震災が発生する前年の2010年に底を打つまで減り続けていました。国の国際コンテナ戦略港湾に指定された京浜港と阪神港などの事業には予算が集中的に投入された一方、地方の港には思うように予算が回らず耐震化などに着手できないところもありました。会員企業には中堅規模の建設会社も多く、当時の経営は大変だったのではないでしょうか」
「11年の東日本大震災、12年の政権交代などを機に、われわれの仕事量は増加に転じます。従来の事業や震災復興に加え、観光政策の一環としてクルーズ船のターミナル整備も各地で相次ぎました。クルーズ船は地方の港に寄港すると、地元で観光バスが足りなくなるほど経済効果も高かったようです。この3年間はコロナ禍の影響を大きく受けましたが、外航クルーズ船の復活によるインバウンドの増加が期待されます」
--資材の高騰はどう影響していますか。
「ウクライナ情勢は国際的なサプライチェーン(供給網)の混乱を引き起こしました。その結果、当然のように原料やエネルギー、建設資機材の高騰を招き、建設業も非常に大きな影響を受けています。労務費など下請工事費も高騰しています。作業船を頻繁に使用する海洋土木では、一番に大きかったのが燃料となる油の高騰です。海外で進めているODA(政府開発援助)事業はこれに円安の影響が重なりました」
--これからの市場を質的、量的にどう展望されていますか。
「激甚化・頻発化する災害や緊迫する国際情勢を踏まえ、国土強靱化を推進するとともに、経済安全保障リスクにしっかり備えるという意識が国民にも醸成してきていると思います。港湾区域では物流関連の設備投資が旺盛であり、早急に耐震化、強靱化しなければいけない老朽ストックも増えています。船舶の大型化に対応した大水深岸壁を沖合に整備する埠頭(ふとう)の再編も進む中で、跡地をCNに適応した施設に造り替える動きも出ています。こうした新たな需要を積極的に取り込んでいけるよう、会員各社は施工の品質や効率性を高めるための技術開発などに注力しているところです」
□技術開発で生産性、安全性を向上□
--陸上工事とは異なる海上工事の特色を教えてください。
「海上工事で難しいのは、海中の構造物を目視しにくいということです。例えば防波堤の建設はケーソンを据え付ける際、土台として海底に石を投入し平らにならしていきます。これまではその出来形検査を人手に頼っていましたが、『ナローマルチビーム』という測深機を使えば海底の状況が3Dで浮かび上がり、据え付けたケーソンの形も確認できます。1回の作業で潜水士が潜れる時間は限られており、生産性や安全性の向上に役立つ技術の開発はとても重要です。技術開発は基本的に各社の企業努力によるものですが、埋浚協としても現場実装・汎用(はんよう)化を目指す技術については技術委員会で連携して取り組んでいます」
--海上工事は安全確保の面でも苦労が多そうですね。
「私自身もかつて現場で施工管理に携わりましたが、海上工事は漁業者や港湾利用者の方々ともコミュニケーションが欠かせません。ケーソン据え付けなど、大勢で作業する時は事前に綿密に作業手順を打ち合わせます。現場で働く技術者、技能者、作業船の船員、潜水士らの誰か一人でも事前の予定や計画と違う行動を取ると大きな事故につながりかねません」
□洋上風力発電事業を通じCNに貢献□
--CNの切り札として国は洋上風力発電事業を推進しています。
「洋上風力発電は再生可能エネルギーの供給拡大に貢献するもので、海洋土木技術が生かせます。日本の周辺海域の厳しい気象海象条件や複雑な地盤条件を知るわれわれの経験が生かせる好機であり、この分野で先行する欧州勢に『早く追いつけ追い越せ』の気持ちで取り組んでいます。今後、洋上風力発電事業は風車の大型化に伴いより大きなクレーン能力を持った作業船でないと対応できない案件も出てくるでしょう。SEP船(自己昇降式作業台船)の大型化には限界があります。会員企業がさまざまな形で事業に参画すべく、埋浚協では洋上風力部会で基地港の在り方の検討などに取り組んでいます」
「マリコン各社は作業船を使うため、売上高当たりの二酸化炭素(CO2)排出量が業界の中でも多い状況です。埋浚協ではCN部会を設置して、作業船の脱炭素化のロードマップなどを議論しています。まずはクレーン作業などの電動化やICT化による自動・自律施工とそれによるCO2排出量の削減効果、陸電供給システムなどについて検討しています」
--港湾分野の海外展開の可能性をどのように考えていますか。
「自然環境や地理的な距離が日本と近い東南アジアを中心に、国内で培ってきた軟弱地盤の改良・補強技術や、ジャケット式桟橋や鋼製桟橋の補強工法など鋼構造物に強みがあります。桟橋上部工のPCa(プレキャスト)化や港湾工事におけるICTの活用などの生産性向上の取り組みにも競争力があります。日本の技術をそのまま適用するだけでなく、現地のニーズに合わせた技術のアレンジや提案も求められるようになるでしょう」
□担い手確保へ4週8休確実に□
--働き方改革、担い手確保に向けてどのような取り組みを展開しているのでしょうか。
「海洋工事は気象や海象の影響を受けやすく、陸上工事に比べ計画的な休日を取りにくいという海洋土木工事特有の事情があります。それでも1カ月当たり4週8休相当の休日を確実に取得できるよう努めています。引き続き国土交通省などの発注者や日本港湾空港建設協会連合会、日本海上起重技術協会、全国浚渫業協会、日本潜水協会などの港湾建設関係団体と気持ちを一つにして取り組んでいきます」
「建設業を対象にした時間外労働の罰則付き上限規制の適用開始まで残り1年を切りました。現段階で上限規制をクリアしにくいのは元請あるいは1次下請の技術者です。彼らは施工計画や安全計画、工事写真や施工管理記録、設計変更などに関する書類を作成しなければならず、4週8休が取得できたとしても時間外労働の上限規制を守れないケースが多く見られます。交代要員や書類作成などの人員が増加しています。公共発注者に対し引き続き適正な工期設定とともに、交代要員などの増加分を現場経費に反映してもらうよう要請していきます」
--最後に今後の活動方針をお聞かせください。
「港湾建設産業もESG(環境・社会・企業統治)のさまざまな観点からサステナビリティに関する取り組みが求められています。高い倫理観を持って確実な施工と品質確保を通じて社会に貢献するとともに、埋浚協は働き方改革とそれを実現するための生産性向上、CNの取り組みを業界の先頭に立って推進しています。この4、5年で建設業はずいぶん変わったと思います。現場では当たり前のようにタブレットを携え、ICTを駆使して仕事をするようになりました。昨年は3年ぶりに大学生向けの『うみの現場見学会』を12月に横浜港で開催しました。海洋土木のスケールの大きさを体感していただく機会もできるだけ増やしていきたいと考えています」
--ありがとうございました。
〈聞き手〉
キャスター・曽根純恵(そね・すみえ)さん
中央大学経済学部国際経済学科卒。2001~09年TBSニュースバード(現TBS NEWS)でキャスターを務める。09年4月から日経CNBCに出演。神奈川県出身。
曽根純恵さん
source https://www.decn.co.jp/
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