2018年5月7日月曜日

【中堅世代】それぞれの建設業・198

感動を味わう前に仕事を辞めてしまうのはもったいないと思っている
 ◇やりがいのある生涯向き合える仕事◇

 「この仕事を一生やることになると思った」-。

 定年を控えた今、建築の技術者としてゼネコンに入社した斉藤和夫さん(仮名)は、入社当時を振り返ってそう語る。初めて赴任したのは商業施設を新築する現場だった。竣工し、華々しい開業を眺めていると、大勢の人が楽しみにしていた様子で次から次へと入店していった。うれしさに安堵(あんど)、いろいろな気持ちが湧き上がりながら、感動して身震いしている自分に気づいた。

 すると上司が肩を抱いて、「『斉藤、よく頑張ったな。この喜びを忘れるなよ』と言ってくれた」。苦しさがいっぺんに消えて、感動を味わえる。この仕事と生涯向き合うことになると思えた瞬間だった。

 初めての現場ではもうひとつ学んだことがある。先輩が教えてくれたことしか指示ができず、父や祖父のような年の作業員を困らせたり、怒らせたりしていた。資材の移動を頼むと、「忙しい。そういうことはやってられない」と怒鳴り返されたことがあった。事務所に戻って先輩に相談すると、「頼む気持ちを込めていないからだ」と叱られてしまった。自分なりに心を込めて何度か頼んでみると、「分かったよ」と、ようやく指示を受け入れてもらえた。「うわべの気持ちだけでは人に動いてもらえない」。気持ちを込めた真剣な姿勢で仕事に臨むことの大切さを知ることができたと受け止めている。

 思い出深い現場は数多く、後輩に伝えたいエピソードも豊富にある。その一つが上司も部下もいない、いわゆる一人現場のこと。心配の尽きない面持ちで慌ただしい日々を過ごしていると、何かと気に掛けてくれる近隣の人々が増えていた。酒食を共にする間柄の中には、ゼネコンに勤めていた人もいた。上司とのトラブルで転職したいきさつを教えてくれた上で、「けんかするなよ。いい未来が待っているのだから」とアドバイスしてくれた。人付き合いが大切なのは建設業に限らない。元請、協力会社、作業員それぞれのコミュニケーションが活発であるほど現場はうまく、安全に運営できると思っている。だからこそ後輩には、社会人の基本でもある人付き合いの大切さを心に留めておいてほしいと思っている。

 苦労しながらも元気に仕事をしていた若手が、突然現場に出てこなくなったという仲間の話をよく耳にするようになった。施工者に非がないにもかかわらず、設計変更を受け入れてもらえず、頭を抱える現場責任者をなだめたこともある。そうした豊富な経験を伝えるよう依頼され、新入社員研修の講師を務めた。

 「苦しさがいっぺんに消える仕事。必ず感動を味わえる。それまで辞めるなよ」と自分の言葉でエールを送った。エピソードを交えて、心を込めた人付き合いの大切さも説いた。一つだけ自慢したのは、学校も仕事も病気では休まなかったこと。丈夫な体に生んでくれた親への感謝の言葉を述べた上で、「健康をしっかり管理してください」と講演を締めくくった。「明るい未来が待っている」。苦労はするけれど感動できるやりがいのある仕事に生涯を託してもらえるよう、引退を前に後進の指導に励むつもりだ。

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