2018年10月22日月曜日

【駆け出しのころ】ダイダン上席執行役員開発技術グループ長・笹木寿男氏

 ◇先輩の言葉が自分を変える◇

 入社して半年間、会社の研修施設で設計や施工に関わる基礎的な一通りのことについて研修を受けました。この研修で努力した人は希望する部署に配属してもらえると聞き、何とか設計の仕事に携わりたいと頑張りました。

 そんな姿勢を認めてもらえたのかどうかは分かりませんが、大阪本社設計部に配属となります。希望した通りになったものの、いきなり大規模病院の設計チームに入り、自分の無力さを痛感しました。長期間にわたり研修も受けてきたので何とかなるだろう。最初のころはそんな甘い気持ちでいたのかもしれません。

 私の指導員となっていただいた先輩は設計と施工のスキルも持った方でした。「とにかく前に進めろ」。先輩から何度も言われた言葉です。経験も技術もない新人の私たちが考えることは知れているため、迷いながらもとにかく前に進めていき、後でチェックを受けて修正できる時間をつくれという教えでした。

 「設計図は商品」とも厳しく言われました。夜遅くまで描いた設計図を翌朝に出すと、先輩にいきなり大きく「×」と書かれてやり直すことも珍しくありませんでした。何が駄目なのかを教えていただけないことには困りましたが、一度にたくさんの知識を詰め込むのではなく、やりながら覚えさせていく。そうした指導であったのだと思います。

 実は入社からしばらくの間、自分は何をやっても駄目で、一人前になれる気がまったくしませんでした。でも、こんな気持ちを大きく変えてくれた出来事がありました。2年目のある日、先輩が上司に「笹木だったら何でもできます」と話されているのをたまたま聞くことができたのです。自分をそうやって見てくれているのが初めて分かり、これまでやってきたことは無駄ではなかったと、急にやる気が湧いてきたのを覚えています。その後につながる大きな転換点でした。

 設計部に12年在籍し、次に技術開発や技術提案を行う部署に異動してからも、新人時代に教えていただいたことが大きく役立っていると思っています。

 これまでの経験から言えるのは、失敗から得てきたものが、今の自分の根幹にあることです。最適と考えて提案したものが、評価を得られなかったこともありました。私たちが提供する技術はお客さまに必要なものを実現するためのものであり、いくら「良い技術です」と提案しても、それがニーズに合っていなければ意味はありません。提案内容が本当にお客さまのためになるのかと、常に俯瞰(ふかん)して見ることが大切です。若い人たちにはこうしたエンジニアになってほしいと期待します。

 (ささき・ひさお)1988年広島工業大学工学部建築学科卒、ダイダン入社。産業施設事業部エンジニアリング部エンジニアリング第二課長、同事業部エンジニアリング部長、執行役員産業施設事業部長などを経て、18年4月から現職。広島県出身、53歳。

入社して最初に配属された大阪本社設計部時代の社員旅行での1枚

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